組織球症は単球・マクロファージといった血液細胞が腫瘍化した造血器悪性腫瘍です。昔は良性疾患と認識されていましたが、2010年に組織球症の一種であるランゲルハンス細胞組織球症(LCH)にBRAF(ビーラフ) V600Eという遺伝子変異が見つかってからは悪性腫瘍と認識されるようになりました。組織球症には他にもエルドハイム・チェスター病(ECD)、ロサイ・ドルフマン病(RDD)、組織球肉腫(HS)、若年性黄色肉芽腫症(JXG)などがありますが、いずれも希少疾患のため日本での実態はよく分かっていません。そのため現在でも診断まで時間がかかる症例も多いです。また、希少疾患がゆえに、患者さんに十分な情報が届いていません。過去20年間にわたり、治療の大きな進歩が見られていませんでした。
“阻害薬の治療開発が進んでいない”
日本小児血液・がん学会
「小児白血病・リンパ腫の診療ガイドライン」
“小児LCHガイドラインのみ”
“専門医不足、情報不足”
遺伝子変異解析で分析
しかし、組織球症の患者さんの多くにBRAF V600E遺伝子変異を含むMAPキナーゼ(マップキナーゼ)経路の遺伝子変異が認められるようになり、分子標的治療の効果が報告されるようになってきました。米国では2017年からBRAF変異のある成人ECD患者さんにBRAF阻害薬が、2022年からはBRAF遺伝子変異のない成人組織球症の患者さんにMEK(メック)阻害薬が使用できるようになりました。日本では長らくこれらの薬が使えない問題がありましたが、患者さんやLCH患者会の皆さんと共に地道な活動を続け、ようやく日本でも2023年にBRAF変異のある体重26kg以上の組織球症患者さんに、2024年には体重26kg未満の小児患者さんにもBRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用療法ができるようになりました。このように、患者さんと医療従事者が一緒に活動していくことが、希少疾患の治療開発においては重要です。
まだBRAF変異のない組織球症患者さんへのMEK阻害薬の開発が必要です。また、組織球肉腫など組織球症の中でも予後の悪い疾患に対する治療の工夫が必要です。小児LCH以外の診療ガイドラインも存在していないため、情報を患者さんや医療従事者に届けていく必要があります。 そこで、患者さんの症状、検査データ、治療効果などの医療情報や、病変組織や血液などの生体試料を集め、治療開発や医学研究に応用する取り組みが必要です。希少疾患の場合、新薬の治験を行うにも、患者さんがどこにいらっしゃるか分からずすぐに患者さんが参加出来なかったり、医学研究を実施するにも、十分な臨床情報や生体試料を集めるのに非常に時間がかかったりと、開発が進まない問題があります。 そのため、今回、患者さんの臨床情報や生体試料を収集して組織球症診療の向上に役立てる研究を立ち上げ、関連情報を『組織球症ねっと』に公開しています。 一緒にこの希少疾患のおかれた状況を打開していければと思います。
東京大学医科学研究所附属病院
佐藤亜紀